雪女にもらった笹もち 猿谷たかよ
むかしむかし、炭やきじいがおった。
ある冬の朝、じいはばあさんの作ってくれた荷物を背おって、炭やき小屋へと出かけた。じいが半里ほど山へのぼったころから雪がふりだして、雪おろしも鳴りだした。じいは山の中腹の一本杉で山の行き帰りを休むことにしているので、この日もやれやれと荷物をおろしたが、あれ? 一本杉の根もとにこんもりと雪がもりあがっている。
じいが雪の中をすかしてみると、白い角巻にくるまって人がうずくまっているらしい。
じいはおどろいて、
「どうしなすった? この雪の中で。」と、声をかけた。
そのこんもりしたものが少しうごいて、若い女の人が顔をあげた。
「ここまで来たら、きゅうにおなかが痛くなって、うごくこともできず・・・・・。」と、苦しそうです。
「そりゃ、お困りですな、ここによくきく熊の胃をもち合わせていやすから、ちょっとお待ちなすって。」
じいは、腰のきんちゃくから油紙にくるんだ黒いものをとりだし、指の先ぐらいにちぎって、「水はないが、雪をひとくちほおばってこの薬をのみなせい、すぐなおりやす。」と、女の人の手のひらへ薬をのせた。女の人は雪をひとくちふくんで薬をのみこんだ。よほど苦しかったのでしょう、ほっぺたにふたすじ、涙がながれていた。
じいは、荷物に腰をおろし、女の人はうずくまったまま、しばらくのときがすぎた。やがて女の人は顔をあげた。
「ありがとうございます。あんなに痛かったのにすっかりよくなって、なんとお礼を申してよいのか・・・・・。」
「なおりなすったか、そりゃよかった。」
じいの声もうれしそうにはずんでいた。
このときまた、雪おろしが鳴って空がまっくらくなってきた。もこもことぼたん雪がふりだしてきた。じいは、
「大荒れになりそうだが、おめいさんはこれからどちらへお行きかな?」
と、聞いた。
「となり村へゆくのですが、むかえに来ることになっていますから、ここでこのまま待ちます。」
「そうですか、わしはこれから山小屋へゆきやす。半月は炭やき小屋ぐらしでごわす。じゃ、お気をつけて。」
じいは荷物を背おって山小屋へとあるきだした。
ここから山小屋まで半里はあろう。
五日、六日は、山はよい天気がつづいて、じいの炭やき仕事もはかどった。
そんなある日、夕方からものすごい吹雪となった。じいは小屋のまわりと炭がまを見廻って、
「こんな晩は早くねるに限るよ」と、そうそうに床に入った。
さて、どのくらいねむったことだろう。
ヒュー、ヒュー、ヒュー。
じいは、吹雪の音に目をさました。
ガタガター、ガタガター、板戸がはずれそうだ。そのうちに、
コトコト、コトコト、コトコト、
だれかが戸をたたいている。
ーこんな夜ふけに人の来るはずはねえ、ー
じいはふとんを頭からかむったが、目はますますさえてきた。ひとしきり吹雪のたけり狂う音がし、またしずかになった。
コトコト、コトコト、コトコト。
こんどはたしかにだれかが戸をたたいている。
「へんだな、」
じいはおきて、
「だれだい、こんな夜ふけに、」
と、声をかけたが、何の答えもない。
じいは思いあまって、板戸を一尺ほど開けたとたん、ヒュウー、ヒュウー、吹雪といっしょに、ゴロゴロコロンと、なにやらころがりこんできた。
「アレー、なんだろう。」
外をすかしてみたが誰もいず、足あともない。たけり狂う吹雪に目もあけらず、あわてて戸をしめた。ふと見ると、土間に笹にくるんだものが四個ころがっていた。
「アイヤ、こりゃ笹もちだ。だれがとどけくれたんだろう。」
すっかり目の覚めたじいは、いろり端にきて太いマキをくべながら、
「へんだな、へんだな?」
と、しばらく首をひねって考えこんでいたが、ぽんとひざをたたいて、
「ああ、この間の一本杉のところの若い女しゅうは、雪女だったのかも・・・。
こんな晩に足あと一つのこさず笹もちを届けてくれるなんて、雪女でなければできる業ではない。」
じいは笹もちをひろいあげて神棚にそなえた。
「それにしても、なんと心のやさしい雪女だろう。ばあさんにもこんな珍しいお餅をたべさせてやりていな。夜が明けたたら窯出しをして、明日はさっそく里へくだるべい。」
じいは、ひとり言とをいいながら夜の明けるのを待った。
吹雪のうなりもしだいにおさまっていくようだった。