停車場よいとこ 山田千里子

むかしのこと、柏原に中村兵左衛門さんという人がいました。その人は立派なひとで柏原へ鉄道をひく時に、葦や茅が生い茂っていた広い自分の土地をなげだしてくれたそうです。
 おかげで鉄道が引けたわけで、駅名は”柏原駅”という名前がつけられました。でも停車場とよび親しまれていました。
おまっちゃんのお使い
 おまっちゃんの家は、そのころ停車場の近くで精米のお店を出していました。お米をつくのは水車小屋で、鳥居川やそのまわりの川には、ところどころ精米をする水車小屋があって、こっとん、こっとん音をたてていたそうです。ついたお米はトロッコが駅の構内に入るようになっていたので、さかずき米(お米の袋のなかに盃を一ヶ入れたもの)とか、一茶米とかの名前をつけて出荷しました。
 ある日、ばあやんが奥座敷からいいました。
「おまつや水車小屋の父ちゃんとこへ、ぼたもちもっていってや。母ちゃんやみんなのぶんもあるで、ちょっくら重いぞ・・・・。」
「はーい。」
 おまっちゃんは、風呂敷づつみをだいじに抱えたりさげたりして出かけました。駅前通りといってもまだ家はぽつんぽつんととしか無くて、葦や茅が茂っていたり、荒地になっている所がいっぱいありました。おまっちゃんが途中までくると、むささびが低く飛んで来て、顔めがけて翼をひろげて向って来たので、
「わあー助けてけれー。」
 もっていた包みを投げ出してさけびました。その声にむささびが驚いたのか、林のなかへ飛んで行ってしまいました。包みをひろいあげておまっちゃんは、
おまっちゃんと狐 「こわかったなあー、死ぬかと思ったよ。」
 つぶやきながら歩いていると、狸が親子ずれで林のほうから出て来ました。子狸がかわいらしいので見ていると、くるりと廻って林の中へちょこちょこ入っていきます。さそわれるようにおまっちゃんは、包みをもったまま、あとをつけました。急に狸がみえなくなっなので、どこへいったのか雑木をかきわけてさがしました。どこにもいません。もっていた重箱は、横になったりして風呂敷には草じらみがいっぱいついてしまったので、おまっちゃんは悲しくなってきました。
「狸ちゃん、狸ちゃん・・・・。」
と呼んでみました。すると、
「おまっちゃん、ここだよ、ここですわ。」
という声がするので、そーっと行ってみると、
「あっー、狸ちゃんがいっぱいだ。どこから出て来たんや。」
 思わずおまっちゃんはさけんでしまいました。すると不思議なことに狸がぴょんと飛んだかと思うと、女の子と男の子に変身して、
「おまっちゃん、ぼたもち食べたい・・・・。」
「早くおいでよ、早く。」
と、手まねきをするので、走っていって風呂敷をひらいたら、子供たちは早い者勝といわんばかりに重箱に手をつっこみました。その手をよくよく見ると、なんとどれもこれも狸の手なのです。おまっちゃんは腰がぬけるほどびっくりして、そのまま夢中で逃げ出しました。あたりは少しうす暗くなってきたので、道がよくわかりません。
「父ちゃんこわいよう、母ちゃん・・・・。」
と、泣きじゃくっていると、
「おまつや、ここだでここだよ。」
 母ちゃんの声がして、白いかっぽう着姿が見えたので、
「母ちゃん・・・・。」
と、呼んでついていきました。ようやく川ベりに近づいたので夢中で走り出し、
「母ちゃん、母ちゃん。」
と手を出すと、ふり返った顔はなんと狐だったので、おまっちゃんは声も出なくなり、しゃっくりだけが続けて出て、息がとまりそうになりました。いちもくさんに水車小屋めがけて走った走った・・・・。
「父ちゃん、母ちゃんたすけてよー。」
「どうしたんや、どうした。」
と、父ちゃん。
「あの、モモンガが、狸も狐もこわいでー。」
「もう心配はいらねえ、そういえばせんだっておせんちゃんも、にたようなこと言ってた。」
と、母ちゃん。
 おまっちゃんは、ばあやんからあずかったぼたもちを狸にあげてしまったことなど、いっきに話しました。     
 お家に帰って、ばあやさんにいちぶしじゅうを話したら、
  停車場よいとこ
  狐と狸の出るところ
  むささび飛んだり
  鴉も来るよ
と、歌い出したそうです。
 駅ができて百年以上になりますが、今は黒姫駅と名を変え、急行も特急も止まるようになりました。

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