ジョウベシバ様 木田淑子

 わらを、トントンと打つ音がどこのうちからも響いた頃の話です。
 百姓のうちなら、どこの家にも半分埋められた平たい自然石がありました。わらを打つその石を、ここ古海あたりでは、「ジョウベシバ」と、呼んで大事にされてきたのです。
 これは、今年七十歳になるやしっつぁじさんから聞いた話を、そのまま書き写したものです。

遠足
 おらな、子どもの頃、悩みが一つあった。それというのも、なり(身長)が小さかったことさ。
 二つ下の妹と同じ丈(身長)ぐらえで、あそぶこともがっこ(学校)へいっしょに行くのもやだくて困った。がっこで整列する時は一番はしっこだし、遠足の時は、女の子のあとから男子がついていくんだが、おらなりが小さいでな、男の先頭を歩かされる。女子のしぽになつて歩くみたいなもんさ。そんで、わざと間をあけて歩いた。女子からも、
「遅い、おそいー」
 なんてからかわれてさ、おら、なおちっかくなって歩いたなー。先生まで、そりゃ、かわいがるつもりかもしれねが、
「ちっかいなー。」
と、声をかけられると、返事もできねえで、下ばかりむいてさ、みじめな気持ちになったもんさ。
 ちゃっちゃ(父)かっか(母)に、
「おら、ちっこくて、みんなからけなされるのが、やだくてやだくて。」
と話したら、ちゃっちゃは、
「そうさなあ、われ、年とりの晩にすることをしねんじゃあねえか。ちっともでかくならねえのは、そのせいじゃあねか。」
はしごを、立てかけ 「どうすりゃあー、ええんだー。」
「そうさなあ、年とりの晩がきたら、ちゃっちゃのせう(言う)通りのことをやりゃあいいんだ。」
と、ちゃっちゃは、にんまりと笑った。
 さてさて、その日がやってきた。家族みんなで年とりの塩びき魚を食い、腹いっぱいにまんまも豆腐汁も食った。一家だんらんのお茶も飲んだ。いろりの火も大きく燃えている。
 そのとき、ショウベシバで尻を冷やしちゃっちゃが、
「これから、ジョウベシバのところへこえ。」
とせった。土間の入り口の戸のすきまから、雪が舞いこんでいる。
「はしごを、立てかけなおせ。」
と、ちゃっちゃがせったから、おらは、馬厩の前の柱にしばりつけてあるはしごのなわをほどいた。そして、はしごのもとを持って三尺ほど(一メートル)ジョベシバの方へしっぱった。
馬のやつ、でっけえ目でおらのとこ見ていた。
「えしょ(着物)の裾をまくれ。」
「はえー。」
 おれは、さっき着たばっかりのおついのかすりの羽織がじゃまなのでぬいだ。かすりの白さがいろりの火の明かりに、やたらと白く見えた。おれは、えしょをまくった。
「ももしきをおろして、けつ(尻)を出せ。」
ちゃっちゃは、ほんとうにおかしなことをせうと思ったが、ちゃっちゃにはさからえねえし、かっかも馬も見ていたけんど、尻を出したんだ。
そしたら、ちゃっちゃが、
「ジョウベシバに、けつをのせろー。」
と、どなるようにせった。おら、そのいきおいにおされて、だいどこ(土間)のまん中のジョウベシバにペチャンと尻をのっけた。
「ヒャーッ。」
 そのつめてこったら、ありゃしねえ。こった石だもんなー。
「がまんできるだけ、けつをのしてろ、どうしてもがまんできねんなったら、はしご登って手をのばせ。ぶるさがってぶるさがって、がまんできねんなったら、また、ジョウベシバに、けつをのせろいいか、それをくりかえすんだ。そいつができねえようじゃ、おめえは、いつまでも、いまのなりのまんまだぞ。」
 おら、こんなしんけんなちゃっちゃの目を見たことねえだが、それこそ、ちゃっちゃのせう通りにした。ジョウベシバで尻を冷やしては、はしごにかけのぼり、冷やしてはぶるさがるうちに、尻のつめたさも腕の痛さもなんのそのさ。冷やしてはぶるさがって、何十回もくり返して、やっとゆるされて、せい風呂(据風呂)に飛びこんで、からだをあたためたもんだ。そして布団にはいってからも、
「ジョウベシバ様、どうかせいがのびますように。」
って、祈ったもんさ。こうしたことを、くる年も、くる年も、年とりの晩にはくりかえしたもんさ。
 どうだい、そのごりやくがあらわれての、徴兵検査には、一六五センチにー。そのころとしちゃあ、人並み以上っていうもんさ。はははあー、この年になっても腰も曲がらず、野良に出られるのはよう、ジョウベシバ様のおかげだと思っちょる。そんにしても、いまどき、どこの家からもジョベシバがなくなっちまって、さびしいのう。

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