でんぽうはいたつ 仁科佐保子
柏原に郵便局ができたのは明治五年です。
そのころは、車も電話もありませんでした。電報も、足でテクテク歩いてくばりました。
そのころのお話です。
でんぽうはいたつの太郎さのとこらへ、ある日の夕方、局の富さが呼びにきました。
「杉ノ沢までいってくんねいかい。」
「ああ、ええぜ。」
畑にいた太郎さは、鍬を片つけると汗をふきふき家に入り、大きなおにぎりを二つ作り、かしわの葉っぱにくるむとふところに入れ、わらじをはいて局へといそぎました。
太郎さは、局長さんから、でんぽうとローソク十本をたしかに受取りました。
「杉ノ沢の平さんとこだぜ。」
ローソク十本と電文をふところに、太郎さは杉ノ沢をめざし急ぎます。
もう日がくれかかっています。
「平さんとこへつくのは夜だな。」
てくてくてくてく
「さてと。ちょうちんのロウソクを節約して、もし、十本のこせば酒代になる。月は出ていないけど、このあかるさならローソク十本まるまるのこりそうだ。」
ふところのおにぎりを一つかじりながら、赤渋から関川をめざしました。
山道にそって細い道をのぼりつづけると、ようやく平さんの家の明かりがみえてきました。
「でんぽう! でんぽう!」
大声をあげて、雨戸ドンドンたたいて、家の人をおこしました。
平さんは、太郎さをみると「やれまあ、こんな遠くまでごくろうでござんす。」
と家にあがるようにいい、お茶を出してねぎらってくれました。
され、それから帰り道についた太郎さは、あまりの道の暗さに、仕方なくローソク一本に火をともし、来た道をもどりはじめました。
下りはじめると、急におなかがすいてきました。
「はらへったな。」
そこで、道ばたの石に腰をおろし、ふところからのこりのおにぎりのつつみをとり出して、ひらきました。
すると、ちょうちんがふーっと消えて、あたりは、それこそまっ暗になってしまいました。
もっているおにぎりさえ見えません。
「こりゃ、どうしたことだ。」
太郎さがあたりを見まわすと、向こうから一つの明かりが近づいてきます。
だんだん近づいてくる明かりを見ると、女の人が、ちょうちんをもっているのです。
「だれだい。」
みたことのない若い女の人です。
「この近くのもんです。家のよってお茶でものんでいかねかね。」
すっかりよろこんだ太郎さは、女の人のあとについて歩きました。
ずい分長く歩いたような気がして、女の人の家につきました。
「さあさあどうぞ。どうぞ。」
「ずい分りっぱな家だなあ。」
おそるおそる上がると、いろりのやかんには湯気が立ち、酒のいいにおいがしています。
お酒をいただいてにんまり、にものをいただいてにっこり。太郎さは、すっかりよってしまいました。
「こんなもんしかないけど、おらの気持ちだ。」
太郎さは、ふところから九本のローソクを出すとお礼にと女の人にわたしました。
「もっと、ゆっくりしておくんなして。」
女の人は、またまたお酒をついでくれます。
局では、太郎さが四日たっても、もどらないので、さがしはじめました。
杉ノ沢から、関川、赤渋とさんざんさがしましたが見つかりません。
さがしにさがして、七日目のこと。柏原の伊勢見山のこんぴらさまの下で、大の字になってねている太郎さを村の人がみつけました。
太郎さは、みんなの顔をみると、
「おらあ、えらいごちそうになったなあ。お金ももらったなあ。美人だったなあ。」
ずいぶん、ごきげんであったそうな。

(注) 昭和八年頃まで杉ノ沢の電報配達は、柏原郵便局で行なっていました。