御師の墓 山田千里子

 むかし越後の関川の宿と信州野尻宿の間に赤川坂という難所があって、その麓に二十戸ほどの小さな集落があった。
 そのころ伊勢神宮から年に一回お札配りの神官がお札をもって、集落の総代さんのところへ来たもので、村びとは御師さんとよんでいた。
「おたっしゃでいらしたかね。」
「ああ、御師さんめずらしいこと・・・。」
「お茶でもあがってくだされや。」
「この大雪で歩くのに手間かかって、野尻から来るのに、ぎょうさん時間が過ぎてしまい、暗くなってしまったで・・・。」
「まあ、まあこれでも。」
と、熱いお茶を総代さんのおばちゃんがいれてくれた。集落の個数だけお札を渡すと、御師さんはそれはうまそうに茶をすすった。
「腹の底までしみるようなお茶はありがたい。もういっぱいいただこうか・・・。」
「さあどうぞ、どうぞ。」
「この雪、いつになったらやむんかいな。」
吹雪と戦う御師さん 「そーだなあ、二三日降り続くだろうね。」
「わしは、これから関川の宿までいかないといけないで、おいとまします、来年までお元気で・・・また來ますで。」
 御師さんは吹雪になってきた戸外へ出た。ものすごい風で、着ているもの持っているもの、すべてをはぎとるような勢いだ。暖かい伊勢育ちの御師さんは、寒いやら心細いやらで、ようやくの思いで雪をこいでいるけれど、いっこうに足は進んでくれない。
「関川まで、なにが何でもでなければ・・・よーし頑張るぞ。」
と、いって足を運ぶのですが、思うようにならない。目もあいていられないし体中が寒さでがたがたして、どこをどう歩いたのか、ただ真白なところを右往左往していた。風がうなっているだけで頭がだんだんぼーとして、眠くなってきて、もう一歩も進めない。
「眠ってはいけない、眠っちゃだめだ。」
 御師さんは自分にいいきかせながら顔をたたいたりしたけれど、だんだん体がいうことをきかず、うずくまるようになってきた。吹雪はますますひどくなり御師さんをなぶり続けた。

 御師さんは夢うつつの中で、伊勢の青い海にいた。
「お父早く来て、こんな貝がらあったよ。」
「どれどれ、標本にでもするか。」
と、娘と話している。山々のこんもりと茂って、かたわらに妻もにこにこしている。伊勢神宮もまことに静かだ。玉砂利のざっく、ざっくという音も清らかだ・・・。
 御師さんは、こんな夢うつつの中で、とうとう深い眠りに入っていった。そしてその身に雪は容赦なく降り積もる。

 三日ほど吹きあれた雪もおさまり、今日はすばらしい雪日和。集落総出で屋根の雪下ろしや道つけをした。しばらくすると坂のほうから伝令の声。
「だれか吹雪だおれしとるぞー。」
「吹雪だおれしている人いるぞー。」
 総代さんは取るものも取りあえず、息せき切って坂のほうへ行っておどろいた。
御師の墓 「一昨日おらの家にお札をもってきた御師さんだ、もうらしいのー。」
「そうか、伊勢に連絡せにゃならん。」
「そうだな、おら達で簡単な葬式やろう。」
 みんなで御師さんのなきがらを総代さんのところへ運んだ。ねんごろに供養したあと、集落で相談して、吹雪だおれした近くに埋めることに決めた。
「雪が六尺(約二メートル)もあろうかな、それから土だ・・・。」
 男衆は玉の汗で、ふんばってこすきや鍬で雪や土を掘り続けた。そこへ御師さんが横たわっているお棺を静かに置いて土葬した。
「お師さん、安らかに眠ってくだされや・・・。」
 村人たちは、ひざまずいて祈った。
 やっと赤川にも春が来て、はなが咲き蝶が舞いはじめた。伊勢から御師さんのことで礼状などがとどいたので、集落で墓を建てることにした。
 吹雪だおれして埋めた御師さんの墓を集落全員が参加して建てたのだ。
 伊勢神宮の手代で旅先で死んだ下級神官の墓というのは、まことにめずらしいそうで、村びとは今でも御師さんの墓といって拝んでいる。
 銘文は表面に、

 勢陽度会宮掌大内人  せいようわたらいくじょうおおうちびと
 秦 光 延 墓    はた みつ のぶのはか
 於此所卒 杉原祐之允 ここにおいてそつす すぎはらゆのすけ

左側面に、「享保十五年庚戌天二月二十二日」と刻まれている。

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