木につながれた馬頭観音 黒田ゆり子
むかし、むかし、古間の諏訪ノ原から、針の木に通じるみちばたに、馬頭観音がひとつ立っていた。
この馬頭観音あたりから、道はのぼり坂になっていて、坂をのぼりきると、ほそいとうげ道になっているので、ここを通る人は、この観音さまに、小石や、そこいらに咲いている草花などをそなえ、たまに買ってきたまんじゅうなどをそなえて、おまいりをしてから坂をのぼると、ふしぎに足がかるくなり。道がはかどったといわれていた。
あるとき、この村にふしぎな事件がもちあがつた。
夜になると、なにものかにあちこちの畑が荒らされるのである。
今朝は道ばたの菜畑が荒らされ、よくあさは大根ばたけがめちゃくちゃ。そしてその畑には、無数の馬のあしあとがのこされていた。
人びとが、そのあしあとをたどっていくと、道ばたの馬頭観音さんにつきあたるではないか。
「まさかそんなこと。馬頭観音さんがそんないたずらをするはずがない。」
しかし、そんな夜がいくにちも、いくにちもつづいて、 村の人たちがよってたかって首をひねった。
村のものしりで通っている、周作じさんが、
「どう考えても、馬頭観音さんのしわざだ。いたずらざかりのおとしだから。あれを、山の中へひっこめてみたらどうか。」といった。
そこで、村の若い者が二、三人で、馬頭観音さんを山の中へはこび上げ、世間のことが見えないようにと、山の方へ向けて立て、なお念をいれて、そばに生えていた大きなとがの木に縄でむすびつけた。
ふしぎなことに、その日以来ぷっりとこのいたずらはなくなったそうだ。
今でも、この馬頭観音は、諏訪ノ原から針の木へ行く道ばたから、五メートルほどのぼった山の中に、道に背をむけてしっかりと立っていらっしゃる。もう木にはつながれていないけどね。