薬師如来と源さん 大草薫
むかしむかし、飯綱山のふもとの稲附の村に、わるい病気がはやり、おとなもこどもも、たくさんの人が苦しんでいた。
働き者の源さんのうちには、やさしいおっかさんと、八人のこどもがいた。
朝はやくから、夜おそくまで、たんぼに畑に毎日毎日、家中でよく働いた。
ある日、十八になる娘のあやは、小さい弟や妹のめんどうを見てから、たんぼへ行ったところ、あぜぬりをしていたはずのおっかさんが、田の中にたおれ、苦しんでいた。
「どうしたんだい、おっかさん、おっかさん。」
あやは、ころげるようにして、馬で田を掻いたおとっつあんをよびに行った。
びっくりした源さんは、あやと二人で、おっかさんを家へおぶってきてねかせたが、玉の汗をかいて、ぜいぜいと切なそうな息づかい。
翌日、こんどは、五つと二つになる二人のこどもが、腹がいたいと苦しみ出した。
村には医者もいないし、薬もないのでどくだみや、げんのしょうこをせんじてのませた。
源さんとあやは、ねないで三人のかんびょうをした。
ある日のこと。源さんががんびょうづかれでうとうとしていたところ、とおくに後光のほとけ様があらわれ、「源さんや、村人もあなたもこまっているようじゃのう。わしが助けてあげよう。」
左手に薬壷をもち、やさしいまなざしでおっしゃった。
源さんは、はっとした。
小さいころ、おばあさんにつれられて行った、裏山のお薬師様だと感じたから。
お薬師様は、長いこと村人に、すっかりわすれられていたのだ。
「そうだ、お薬師さんにお願いしよう。」
そう思いたった源さんは、翌朝、さっそくあやをつれてお参りに行った。
「どうかおたすけくだされ、病人をおすくいくだされ。」
毎日のようにお参りに行った。これをきいた村人たちも、つぎつぎ、お願いに行くようになった。
こうして、源さんとこの病人も、村の病人も、だんだんなおってきてたっしゃになり、悪いはやり病気もでなくなり、村人は、もとのようにしあわせにくらせるようになった。
からだの悪い人を助け救ってくださるこのお薬師様は、薬師瑠璃光如来といい、お釈迦さんの命によってお釈迦さんが亡くなられた後、世の中に出られて、お医者さんの役目をしてくださるという。
いまも、お釈迦さんのお生まれになった四月八日(一月おくれの五月八日)には、村人たちは裏山にのぼり、貞林寺の住職さんにお経をあげていただき、お参りをつづけている。