黒姫様と七っ池 
長原慶子

 高梨様むかし、信州中野の箱山峠のふもとに高梨様のお城があって、そこに、黒姫様ともうされる、たいそう美しい姫様がおられました。
 ある春のこと、高梨様は数人のお供をつれて、奥方様や姫様といっしょに琵琶池のほとりへ花見にでかけました。
 高さ六十尺(約180メートル)ものカンマン滝を近くにし、四方の山々をながめながらの花見の宴に、たいそう満足なさって城にもどられました。
 さて、その翌日、琵琶城の城主だとなのるりりしい若者が高梨城に現われて、「黒姫様を妻にいただきたく思いますので、おとりつぎを願いたい。」と、もうします。
 門番のものが、
 「おとりつぎの前に、お名前をお聞かせください。」と、たずねたところ、なんにもこたえないまま、姿を消してしまいました。
 つぎの日も、またつぎの日も、その若者が城にやってきては、同じことのくりかえしです。そこで、数日が過ぎたある日のこと、高梨様は、もしかしたらなにかの変化ではないかとうたがいながらも、その若者に、「明日、わしが城のまわりを馬に乗り三度まわろう。それと同時にかけて、わしを追いつめることができたならば、姫を妻とするがよい。」と、もうされました。
 若者は、「承知いたしました。では、明日あらためてうかがいます。」と、こたえて姿を消しました。
 あくる日、乗馬した高梨様と若者は、太鼓の合図にとび出して、城のまわりをまわり始めました。
 若者は、必死で馬に追いつこうとしますが、そこは、馬術の名手の高梨様のこと、若者はついに追いつくことはできずに、負けてしまいました。
 しかも、城のまわりにしきつめられた角石で傷ついたのか、若者は、血を流しているではありませんか。
 若者は、なにもいわずに姿を消してしまいました。
 高梨様は、家来に若者の血のあとをつけさせました。
 するとそれは、先日、花見にでかけた琵琶池のほとりで消えていました。
 しかし、そこには誰の姿もなく、またこれといって変わったこともありませんでしたので、家来たちは、そのまま城にもどりました。
 ところが、五十日ほど過ぎたある日のことです。
黒姫と鏡  黒姫様が、髪の手入れをなさろうと鏡をみたところ、胸いっぱいにうろこができて、まるで蛇のようではありませんか。
 姫様は、しばらく奥の間にとじこもっておられましたが、うろこはますますひどくなるばかりです。
 ご両親様のおどろきと嘆きは、いいあらわせないほどでしたが、なすすべもなく、姫様は高梨様の領地である柏原へ、身をかくしたのでした。
 そして、そのむかし地雷也がたてこもっていたといわれる山に登ると、くしや鏡など、ご自分の七つ道具を投げすてられたのです。
 すると不思議にも、そのお道具は七つの池となりました。
 やがて、黒姫様は弁才天女となられ山の主となりました。
 それから、この山を黒姫山と呼ぶようになったといわれています。
 さて、中野の高梨様のことですが、黒姫様が城を出られてから、中野は豪雨となり、高梨様のご城下は、お城までもすべてが押しながされてしまったそうです。
 そして、これも、琵琶池の主のたたりではないかと人々はうわさしました。
 その後、ご城下を恋しく思う黒姫様は、毎年中野の祇園におでかけになるそうで、その時はどんなによく晴れた日でも、たとえ三つぶでも雨が降るといわれています。

前ページ 次ページ もくじ