大蛇になった黒姫 
峯村米子
 

 むかし、黒姫山のふもとに、父と娘とがふたりだけで住んでいた。家は貧乏だったが、たいへんおや孝行な娘で、はためめにはたいへんしあわせそうにみえた。しかし、ふとしたことから父親は病の床についてしまい、薬も手厚い看病もいっこうにききめがなく。娘はとほうにくれてしまった。
 ある夜のことであった。娘の夢枕に、ひとりの老人が立って、
「娘さんよ。おまえはほんとうに父親おもいの感心な子だ。父親の病気を治したいと思うなら、この先にみずうみがある。そこにいる金色の銀色のフナフナをつかまえて食べさせるとよい。」
といったかと思うと、どこえともなく立ち去ってしなった。
目をさました娘は、さっそく身じたくをととのえ、まだ明けきらない山道を歩き出した。老人のいったみずうみを探しに出かけたのだ。ようやくみずうみに着いたものの、どうやって金色のフナをつかまえればよいものやら、思案するばかり。どこにそんな魚がいるのか、ただ広いみずうみを見てひとり泣いていると、そこへ釣竿をかついだ若者がやってきた。そして、娘にそのわけをたずねた。
若者は、娘の話しを聞くと、
「それは、私にまかせなさい。釣ってさしあげましょう。」
と、もっていた釣糸を水中に投げた。
やがて、大きな金色のフナが釣れた。娘はさっそくそれをもらい、ふところに抱いて、若者になんども礼をいうと、家にとびかえった。そして、父親に食べさせると、病気はみるみるうちに治ってしまった。
娘は、その後、若者のことを忘れることができなくなった。あの、りりしい姿。金のフナをみごとにつるあげたときの、すずしげなほほえみ。娘は、夜ごとみずうみのほとりにやってきて、若者と出会うのを待った。こうして、ふたたび若者とめぐりあえた娘の胸は、ときめいていた。若者は、近くの野尻の庄屋のひとり息子だった。
「わたしの名は、黒姫と申します。おしたいしております。」
何度か会って、親しくことばをかわすうちに、ふたりは愛しあうようになり、結婚の約束をかわすほどになった。
黒姫は、このことを父親に話した。しばらく考えていた父親は、
「おまえとは身分がちがいすぎる。かわいそうだが、あきらめねばなるまい。」
と、きつく黒姫にいいわたした。黒姫は、どっと泣きくずれた。
一方、若者は娘に心を寄せていたものの、庄屋や親戚に説きふせられて、同じ村の金持ちの娘と結婚することになってしまった。
それを知った黒姫は悲しみのあまり、とうとうみずうみに身を投げてしまったのである。
いよいよ庄屋の息子のしゅうげんの夜となった。にわかに晴れていた空がかきくもり、雷が光り、風がまいあがり、どしゃぶりの大雨となった。
するとどうだろう、どこからともなく、一匹の大蛇がするするとあらわれ、若者をさらったかと思うや、天高くまいあがり、いずこへともなく消えてしまった。
「あの大蛇は、黒姫の化身じゃ。」村人たちは、そううわさしあった。

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