う ん 太 郎  
黒田ゆり子
 う ん 太 郎
むかーしむかし、信濃の国、うん太郎という大男がすんでいた。
たいそうなちから持ちで、山でも川でも自由にうごかすことができたそうだ。
あるとき、富士山のはじっこをひっかいて、
「うんこら、うんこら。」
と、しょてきた。
「さあてと、どこへおろそうかな。」
と、あたりをみまわすと、山と山のあいだに小さな盆地があった。
「どっこいしょ。」
と、そこへ山をおろした。さすがのうん太郎も、あつくて汗がだらだらと流れおちた。
ずずーっ
と、しょってきた縄を引くと、そこがほそい川になって、汗がその川を流れていった。
「あーあ、あついあつい、なんてむしあつい日だ。」
うん太郎は、思わず大声で言って、汗をふきながら向こうをみると、きれいな湖に水がなみなみとして、波ひとつない水の面には、まわりの山の木がうつって、まるで鏡のようだ。
「ははーん、あれがしなのの野尻湖か、それにしてもうまそうな水だ。」
うん太郎は、いきなり野尻湖をひとまたぎして、
「ごっくん、ごっくん、ごっくん。」
と、腹いっぱい水を飲んだ。
水に移った自分の顔をみたら、かおもからだも泥だらけ。
ざぶざぶざぶっ
うん太郎は、顔をあらい、からだの泥をはらいおとした。
どどどーっ
土は音をたてて湖におちて、こんもりと盛りあがった。
うん太郎は、こざっぱりして、いいきぶんではなうたを歌いながら、のっし、のっしと、どこともなく行ってしまった。
のちに、湖におちた土は「弁天島」になり、うん太郎がおいていった山には、たくさんのやくそうが生えた。
村人たちは、この山を「やくし山」と呼び、頂上に「薬師如来」をまつって、無病息災をねがって、まいとし五月八日におまつりをするようになった。
西側の、諏訪ノ原を向いている方に、うん太郎の背中のあったところがあり、「せなかあて」とよばれ、そこだけは長いあいだ木が育たなかったという。
また、うん太郎がしょってきた縄のあとが二本、いまでも溝となって、チョロチョロと、諏訪ノ原の方へキラキラした水を流している。

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