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白鳥さま

 むかしのそのまたおおむかし、科野国の水内郡一帯は、見渡すかぎりにアシの茂る原野が続いていたそうだ。そのころの浅野には、人家もまだ数えるばどしかなかった。
 あるとき、日本武尊が「みちのく」へ向かうため、越後の方から山を越えて水内郡までやって来たそうだ。ところが、水内部はおとなの背たけよりも高いアシと泥深い沼地ばかりが続いていて、道らしい道もなかった。武尊はアシをかき分け、泥に足をとられ、あっちこっち迷いながらも、どうにか浅野のあたりまでやってきた。
 武尊は何とか道をみつけようとしてアシの間からあたりを見回すと、近くに小高い丘が見えた。あそこにのぼれば道がみつかるかも知れない。武尊はその丘にのぼった。

長野県 長野地方事務所 長野広域行政組合刊 長野地域民話集昔々あるところより
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 ところが、今度はのぼったとたんに霧が出てきて、あたり一面真っ白になってしまった。霧はどんどん深くなり、やがて一寸先も見えないほどになってしまった。これでは丘を下る道さえわからなくなってしまう。武尊は天に向かって叫んだ。
 「天よ! 我を導きたまえ!」
 すると、どこからともなく一羽の白い鳥が舞ってきた。鳥は武尊の頭上で何度も輪を描くと、一方に向かって飛び去った。武尊は鳥の消えた方角をじっと見つめた。するとどうだろう、ふしぎなことに風が吹きはじめて霧はどんどん晴れ、ふもとのようすが見えてきたではないか。そこに見えたのは、眼の下に流れる千曲川と、彼方に連なる高い山々だった。白い鳥は武尊を導くかのように、川上に向かって飛んで行く。この鳥こそ天からの使いにちがいない。
 武尊は白い鳥を追って丘をかけ下ると千曲川の川上をめざしてどんどんつき進んだ。そして浅間山の裾を通り、碓氷峠を越え、みちのくへ行くことができたそうだ。
 そののち、武尊は亡くなってしまったが、その魂は白い鳥の姿となって天にのぼったといわれている。
 いつのころか、そのことを伝え聞いた浅野村の衆は、武尊を村の守り神としてお宮を建て、「白鳥さま」とよんでおまつりした。そのお宮は、最初町尻という場所にあったそうだが、のちに武尊がのぼったという比良(平)の丘に移された。ここからは浅野が隅から隅まで見渡せるのだ。
 月日は流れて明治四十年(一九〇七)のこと、それまで浅野にあった他の四つのお宮が、白鳥さまに合祀された。これが今の浅野神社というわけだ。                  おしまい

豊野館報
「むかしばなしシリーズ」より
作・倉石 和彦
さし絵・倉石 和彦
採集地・浅野
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