昔、信濃国に年寄りの嫌いな殿様がいて、六十になった年寄りを山へ捨てろと命令を出した。孝行な男が老母と一緒に住んでいたが、殿様の命令には勝てないので、母を山へ棄てにいった。
林の中を通って行くと、背中でピシッ、ピシッという音がする。「おっかさんなにしてるだ」と聞くと、「おまえが帰りに道を迷わぬように、木の枝を目じるしに析ってるのだ」という。男は母を捨てるのがかわいそうになり、家に連れて帰って、床下に穴を据って老母を隠しておいた。
そのころ隣の国の強い殿様が、この国の殿様に向かってむずかしい注文を出した。「灰で縄をなえ。できなければおまえの国を滅ぼしてやる。」殿様や家来がいろいろ考えたが、できるはずがない。男はそれを母に話すと、「わらをよく塩水にひたして縄にない、それを焼けばよい。」と教えてくれたので、そのとおりに灰の縄を作って殿様にあげた。
隣の国の殿様は、次に丸い玉に、迷路のような曲がりくねった穴のあいているのを送ってよこし、これに糸を通せといった。男は、また老母の知恵で、蟻に糸をつけて出口に蜂蜜をぬっておくと、見事に蟻が穴を通って糸を通した。隣の国の殿様は、こんな利口者のいる国にはとてもかなわぬと、攻めこむのをあきらめた。男から老母に事を聞いた殿様は、自分の悪かったことを後悔して、それかは年寄りを大切にするようになった。
作・戸倉町誌編集委員会
採集地・羽尾冠着山
