
戸倉駅裏の東山中腹少し上に、赤松の大本が一本ある,そこに自在大神という祠が祀られている。その山を天狗山といっている。
『水上布奈山神社社誌』によると、
「大昔、東山一帯は赤松の大木が繁り、昼なお暗く天狗が悽んでいたという。天狗山には清水が湧出し、下戸倉宿を始め、近望が一望できる眺望絶景の地で、天狗の棲家として絶好の場所であった。村人は天狗が悽んでいたので、恐ろしくて山に行けなかった。そこで自在大神を祀り、天狗山と名付け、天狗を崇め奉ったという」
上山田の力石村と、五明村の境界上に自在坊があり、
そこに山伏の首長級の三人の兄弟が棲んでいて、天狗に仕えていた。そして、熊野権現を拝し、加持祈祷を業としていた。後、慶長年間中に千曲川の大水にあって、三人の山伏は四散し、長兄は、戸倉自在山へ、次兄は松代の皆神山へ、そして末弟は力石の岩井堂へ移り住み、厳しい 修練を積みながら郷民の幸福のために、呪文を誦し、加持祈祷を行っていた。郷民はその徳を敬慕し、天狗として祀った。