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日滝の笛

 男たちは、りっぱな弓矢を持っていましたが、その身なりは、まるで野武士そっくりでした。
 「これは、まあよくきてくださった。寒かったろうに、茶のいっぱいでも飲んでくんなして。」
 おばあさんは、そういいながら奥へ入っていきました。
 ひげの男は、米俵の上に、ぬれた体を横たえるようにして、腰をおろしました。
 まもなく、おばあさんは、でてきましたが、その男をみると、
 「なんだ。それは!」
 と、男をつきおとしてしまいました。
 「なにをする。この無礼者!」
 太った男が、刀に手をかけました。
 「何をいいなさる。」
 おばあさんは、しんばリ棒を振り回して、あっというまに、二人を雨の中にたたきだしました。
 それから、二、三日して、おばあさんは、須坂の殿様から、呼びだされました。
 おばあさんは、びくびくして、屋敷の庭先にひざまずいていました。何で呼びだされたのか、さっぱりわけがわからなかったのです。
 まもなく、太鼓の音が鳴り響き、白いふすまが静かに開きました。
 「そこの者、おもてをあげい。」
 おばあさんが、おそるおそる顔をあげました。
 すると、そこには殿様が、家来をしたがえて、座っていました。
 「ところで、この顔に見覚えはござらぬか。」
 そういわれて、おばあさんは、天地が避けるほどびっくリしました。
 その殿様こそ、あの米俵の男でした。
 「ヘーい、ごかんべんのばどを。」
 おばあさんは、打ち首を覚悟しました。
 「いや、責めているのではござらん。なぜこのわしを追いだしたのか、そのわけを間こうと言うのじゃ。」
 「遠慮せずに申せ。なぜ、あのようなひどいことを、このわしにしたのじゃ。」
 「ヘーい。」
 「申せ。」
 「はい。お米は、汗水たらして働いた、わしらの命でございます。そのお米の上に座られましたので、あまりに心ない者だと思いましたもので。」
 「なるばどー。米こそ、我らの命とはな。いや、わしが
悪かった。」
 殿様は、深いため息とともに言いました。
 「もったいないことでございます。」
 「わしは、お前に、人間として忘れてはいけないことを教わったようだ。礼を言うぞ。」
 「そんな……。」 「そのかわりといってはなんだが、そちに、褒美をつかわそう。なんなりと申せ。」

 おばあさんは、自分の耳を疑いました。だまっていると、
 「えんりょはいらんぞ」
 とわきの家来が、口を添えました,
 「はい。では、祭りをさせていただきとうぞんじます。」
 「なに、祭リだと? お前に褒美をくださるというのだ。」
 家来が、また口をいれました。
 「祭りは、わしらのいちばんの楽しみでございます。祭りをやってこそ、いっそう仕事に身がはいろうというもの。」
 「うーむ。もう、冬が来るのに、祭りをしたいとはなあ。」
 「はい。」
 殿様は、しばらく考えていました。
 「よい。わかった。あのふれはとりやめにするとしよう。」
 「本当でございますか。」
 おばあさんの顔ははればれとしました。
  やがて日滝の森に、のぼりが立ちました。
 そして、白いものが舞いはじめると、祭りは最高潮にたっしました。
 舞台で、おどりくるう子どもや、村人にあわせて、おばあさんは、笛をふき続けました。
  その笛の音は、すっかり白くなった妙覚山のいただきまで、響いていったということです。

信濃教育会出版部より
作・羽生田 敏
さし絵・丸山 武彦
採集地・日滝

 ずっと昔、日滝の高橋に、おばあさんがひとりで住んでいました。
 「今年の秋祭りは、どうなることかのう。」
 おばあさんは、黒光りした横笛をなでながらつぶやきました。
 どうしたことか、今年も二年続きの凶作でした。夏になると、雨らしい雨が降らず、稲は立ち枯れる所さえでたのです。
 そんなわけで、殿様から、金のかかることは差しひかえるようにおふれがでていたのです。でも春には、食べ物を待ち寄ってこっそりと祭りをしました。ところが、殿様の耳に入りひどいお叱りをうけました。 おばあさんは、笛にむかって、
長野県 長野地方事務所 長野広域行政組合刊 長野地域民話集昔々あるところより

 「また、おまえの出番がなくなったな。」
 とさびしそうに、語りかけました。
 殿様のおふれは、いっそうきびしくなっていたのです。
 それは、秋の取り入れもすんだ昼さがりのことでした。
 突然降りだした雨とともに、戸をこじ開けるようにして、ふたりの男が入ってきました。
 「だのもう。たのもう。」
 でっぷりと太った男が、くちびるをふるわせて叫びました。
 「何か御用かのう?」
 「狩りの途中だが、雨に降られて困っておる。ちょっと休ませてくれ。」
 鼻筋のとおったひげの男が、顔のつゆをはらいのけて言いました。