もくじへ
弥太郎が滝

 久米路橋から数百メートル犀川を遡り、今は町の衛生センターとなっている所の下に「弥太郎が滝」と呼ばれ今でも大雨が降ると激流と化する淵があります。そこは高さ数十メートルもある巨岩で犀川が狭隘となり、今では水内ダムの湛水で暗く淀んで瀞となっています。
 昔は弥太郎の滝といえば七はね八はねともいわれ、普通高い所から落下する滝とは違い、川の底にあるいくつかの岩に激流がぶつかり、川の底から湧き起こってくるような滝なのでまさに奇観、壮観であったといいます。
 その昔、川中島合戦の際、越後の大将上杉謙信は陣営を作るための材木調達を家臣の鬼小島弥太郎に命じたのです。そこで弥太郎は敵の領内からその材木を運び出すことを考え、山中に入り木を切り出し、筏を組んで犀川を下ったのです。それまでは滝があるばっかりにそこを乗り下るほど勇気のある者がいなかったのですが、このときにはじめて弥太郎が滝を筏で乗り下したことから「弥太郎が滝」というようになったと伝えられています。
 また、一説には越後の鬼小島弥太郎ではなくこの土地の百姓の息子「弥太郎」が乗り下りしたところから名づけられたとも伝えられています。

作・信州新町史編さん委員会
採集地・上条

長野県 長野地方事務所 長野広域行政組合刊 長野地域民話集昔々あるところより
next