
お菊は犀川に架けられた久米路橋のほとりに住んでいました。お菊の住んでいる村は川が荒れるたびに土手は崩れ、橋は流され、田畑は水をかぶり、村人の暮しは一様に貧しく、年貢が払えずに夜にげする者も沢山ありました。
お菊が九才にになったある冬、もうじき正月というのに、お菊は大病になってしまいました。お菊の家も貧しく、病気のお菊に米の粥一杯煮てやれません。熱にうなされたお菊が糸のようにか細い声で「赤まんま、赤まんま……。」と言ったのです。今までなにひとつねだったことのないお菊が、じっとがまんしていた「赤まんま」を聞いて、お菊の父親は夢中で名主の倉に走っていたのです。
役人達が小豆泥棒をつかまえるためにお菊の村にやって米ました。元気になったお菊はじっとしていられません。まりをもちだすとトントンつきはじめました。
″トントントン
おらちじや
赤まんまくったぞ
トントントン″
このうた声が役人の耳に入りました。
「こんな貧乏な家の子が、小豆まんまくえるはずがねえ。ぬすっとはこの家のもんだ!」こうして、お菊の父親はなわをうたれてしまいました。
ちょうどこの頃、久米路橋は大雨のために流されてしまいました。かけてもかけても大雨が降るごと橋は流されてしまいます。そこで村人達は集まって「こんなに大雨の降るたびに橋が流されるのは、村うちに不心得な者かおる。水神様の怒りであるから、その水神様の怒りを鎮めるために、橋の下に人柱をたてる必要がある。」と、とうとうお菊の父親は橋のたもとに生きながら埋められてしまったのです。
父親を久米路橋の人柱にささげたお菊は日ごと夜ごと泣き続け、この泣き声は村人の心をかきむしりました。こうしてどのくらいたったでしょう。お菊はある日、ふっつりと泣くのをやめました。いいえ、黒い大きな眼からたらたらと涙を流しながら、ひと声も出さなくなったのです。
お菊は口がきけなくなってしまったのです。
こうして何年かたちました。その唇は固くとざされたままでしたが、もう、お菊は美しい娘でした。
秋の日も暮れなずむころ、お菊は久米路橋の袂にじっと坐っていました。と、林の奥で一声きじの鳴く声に、すかさず鉄砲のはねる音がしました。お菊の頭上に、今撃たれたきじが、バサバサと落ちてきました。まるで、お菊目当てにとんできたとしか思えないきじを抱いて、お菊の固く閉じられていた唇が開きました。
「かわいそうに……。お前も鳴いたりしなけれぱ、撃たれることもなかったろうに……」
お菊の目から涙がこぼれました。
「わたしもねえ、一言言ったばかりにお父さんを殺してしまった。」
お菊はきじを、なんども優しくなでました。
「お菊、われ口がきけただか!」
おどろいて猟師がかけよりましたが、もう振り返りもせず、林の中に消えていきました。その日からお菊の姿は村から消え、だれ一人見た者はいなかったといいます。