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神ネズミと唐猫様

 昔、むかし、南条村の鼠宿のあたりに恙虫という毒虫がはびこり、村人たちを大層苦しめた。この虫は、明るいうちは暗い屋根裏部屋に潜んで夜になると動きだし、寝ている人に食いついては血を吸い取る。この虫に刺された者はたちまち高熱を発し、三日三晩苦しんだあげく死んで
いく。あちらの家では生まれたばかりの乳児が、こちらの家では一家の大黒柱の父親と、犠牲者が後をたたなかった。このままでは恙虫で村が全滅してしまうと村の長老たちが寄り集まり、退治する方法をあれやこれや考えた。が、どれをためしてみてもうまくいかず、最後は神頼みとばかり、村人総出で村の神社に願かけに行った 
 ある晩のこと、村外れの洞くつの近くを通りかかった若者が、白い大きな動物が走り去るのを目撃した。翌朝早く村人たちと一緒に洞くつにきてみると、描のように大きな白ネズミがスヤスヤと気持ちよさそうに寝息を立てていた。このネズミが村に現れてからというもの、恙虫にやられたという声をばったり聞かなくなった。「あのネズミが恙虫を一匹も残さず食べてくれたんだ。きっと神様が遣わしてくれた神ネズミに違いねえ。」感謝した村人たちは、岩穴に立派な祠を建てネズミの好物をお供えして、それはそれは大切にお祀りした。ところが、おいしいものばかり食べて楽をしていたネズミは、さらに身の丈が四尺五寸(約一三六センチ)もある大ネズミになり、人里に出てきては畑の作物を食い荒らし、揚げ句の果ては人や馬にも手を出す始末。一難去ってまた一難。お世話になった神ネズミ様とばかりも言っていられなくなり、何か良い手立てはないものかと、また村の長老たちが集まり知恵をだしあった。この大ネズミを退治できるような大猫は日本中どこを探してもいなかった。一人の古老が、唐の国に住むという大きな猫に頼んでみてはどうかと提案した。
 はるばる唐の国からやってきた大猫を目にした村人たちは、皆口々に「この唐生まれの唐猫様は、まるでウシのようだ」と言い、さっそく神ネズミのいる岩穴へ唐猫様を連れていった。急に外が騒がしくなったのを不思議に思った神ネズミが岩穴の外へでてくると、そこには今まで見たこともない大猫が今にも飛びかかろうと爪を磨いているではないか。ネズミは肝をつぶして岩にかけ登り懸命に逃げたが、会地の近くで唐猫に追いつかれた。唐猫は神ネズミに襲いかかり首にかみついた。神ネズミはあまりの痛さにおもわずそばの岩にカブリとかみつき食いちぎってしまった。そのとたん、かみ砕かれたところに、一気に湖水が流れ込んできて、ネズミも唐猫もともども流れにのみ込まれてしまった。
 さて、流れにのみ込まれた唐猫は自力で篠ノ井の塩崎にたどり着いたが、神ネズミのほうはとうとう上がってこなかった。唐猫のお陰で村に再び平和が戻ってきたのを感謝して人々は、塩崎に唐猫神社を造り手厚くお祀りし、一方、悪さはしたが、恙虫を退治して村を救ってくれた神ネズミも同じように鼠大明神として岩鼻に祠を建ててお祀りした。この祠があったところが、現在の半過の岩鼻の中央部にある半過の穴であるという。また、この神ネズミに岩がかみ砕かれてできた流れが千曲川で、ネズミに食いちぎられて残ったところが、この千川を隔てて相対している断崖で、現在、半過の岩鼻と塩尻の岩鼻であるという。塩尻という地名もここが大湖の北端であったので「湖尻」から転じたそうな。

さし絵・塚田 陽一
採集地・鼠

長野県 長野地方事務所 長野広域行政組合刊 長野地域民話集昔々あるところより