むかし、一重山のふもとに、六兵衛という百姓が住んでいました。六兵衛は妻に死なれてしまいましたので、ふかという後妻を迎えました。
ふかは、ちょっと見たところ、やさしそうな女でしたが、六兵衛の子市太郎にはとてもつらくあたりました。
市太郎は小さいときやけどをして、頭の後ろがちょっとはげていました。
ふかは、六兵衛の前では市太郎のことを、市太郎とよびましたが、六兵衛のいないところでは、「はげ、はげ。」とよびました。
そしてまた、
「かわいい子どもをやけどさせた親の顔を見てえもんだよ。」
などと、市太郎の死んだおっかさんの悪口までいいました。
市太郎はそんなとき、自分のことをいわれたよりかなしくて、そっと涙をふくのでした。
ふかは、実子の弥太郎が生まれてからは、市太郎にいっそうつらくあたり、子もりから、めしたき、おしめあらいまでさせました。
そして、時によっては、ごはんもろくに食べさせないこともありました。
でも一太郎は死んだおっかさんに、いつも、
「どんなつれえことがあっても、人をうらんだりするなよ、
一重山のお地蔵様が、おめえを守っていてくれるでなあ。」
と、おしえられていましたので、子もりをしながら、一重山へいっては、お地蔵さまをおがんでいました。
市太郎が十四歳の春のことでした。
ふかはいつになくネコなで声をして、
「市太郎や、中の田ごしらえ(田うえができるよう平らにならすこと)をきょうじゅうにやってくれや、あしたは田うえができるようになあ。」
と、いいました。
「え、中の田をきょうじゅうに」
市太郎はびっくりして聞きかえしました。
中の田は五反歩(五〇アール)もあるひろい田ですから、その田ごしらえを、一日にひとりでは、とうていできるわけがありません。おとっさんの六兵衛とふたりなら、なんとかできるかもしれませんが、あいにく六兵衛は風邪でねこんでいました。
「やだというのかえ。」
ふかの目がつりあがってきました。
「やじゃねえ。」
市太郎は、いやだといえば、どんなめにあうかもしれませんので、しかたなくへんじをしました。
市太郎は、馬をつれて中の田へ行き、馬の鼻取り(たずなをとって馬をあやつること)をしながら、田ごしらえをはじめました。ろくにやすみもしないでやりましたが、日が沈みそうになっても、半分もできませんでした。
腹はへる、足は棒のよう、馬も思うように動かなくなり、市太郎はひろい田の中で、立ちつくしてしまいました。 と、その時、このあたりでみかけない年とった百姓がやって来て、
「どれ、わしにかしてごらん。」
と、いうが早いか、田の中へ入り、市太郎の手からうばうようにしてたづなをとり、馬の鼻取りをはじめました。
市太郎がびっくりして、その手つきにみとれていると、その百姓は、あっというまに、のこりの田ごしらえをすませてしまいました。 市太郎はよろこんで、礼をいおうとすると、いつのまにか百姓はいなくなっていました。 次の日市太郎は、一重山へいき、お地蔵様にきのうのふしぎな話をしようとしてハツとしました。
それもそのはず、お地蔵様の足が泥だらけになっていたからです。
そこで市太郎は、きのうの百姓は、お地蔵さまだったことをはじめて知りました。 村人は、これを聞き、そのお地蔵さまを、鼻取り地蔵とよぶようになったそうです。
信濃教育会出版部より
作・浅川かよ子
さし絵・水出 和夫
採集地・屋代
